赤山禅院 都の鬼門を守る

 皇城表鬼門

赤山禅院(せきざんぜんいん)は、平安時代の仁和4年(888年)に、第三世天台座主 慈覚大師 円仁(えんにん)の遺命によって創建された天台宗総本山 延暦寺の塔頭のひとつです。
円仁は2回の渡航失敗の後、承和5年(838年)、遣唐使船で唐に渡りましたが、目指す天台山へは旅行許可が下りず不法在唐して、赤山法華院で聖林という新羅僧から天台山の代わりに五台山を紹介され、苦労の末に天台教学を納めました。その行程を守護した赤山大明神に感謝し、赤山禅院を建立することを誓ったとされます。
日本に戻った円仁は天台密教の基礎を築きましたが、赤山禅院の建立は果たせませんでした。その遺命により、第四世天台座主 安慧(あんね)が赤山禅院を創建したと伝えられています。

御本尊の赤山大明神は、陰陽道の主祭神(祖神〈おやがみ〉)とされる中国の神 泰山府君(たいざんふくん)を勧請したもので、京都御所の表鬼門を守護しています。鬼門除けの猿が知られ、方除けのお寺として信仰されています。

御所の北東角の猿ヶ辻、幸神社とどちらも金神の猿が鬼門から都に邪気が入らぬよう護ってくれています。その2つの場所を直線で結び、線を延長していくとちょうど赤山禅院に到達します。そして、その先には比叡山延暦寺、山王総本宮日吉大社(滋賀県)へと続きます。こうして方除けの神社仏閣が何重にも京の都を護っているわけです。

https://www.kyoto-inf.com/guide-kyoto/2017/07/31/posted-sarugatsuji/

https://www.kyoto-inf.com/guide-kyoto/2017/07/19/posted-sainokaminoyashiro/

五十払い

「五十日(ごとび)」、毎月5日、10日、15日、20日、25日、月末に集金をすることが多いですね。この「五十日」の「五十払い(ごとばらい)」の習慣もこの赤山禅院から始まりました。

一年の中でもめったにない「申の日」の五日に赤山禅院に詣でると吉運に恵まれる、という評判が立って、江戸時代には、「赤山さんは、掛け寄せ(集金)の神さんや」と言われるようになります。 その五日講ご縁日詣でから、「五十払い」の商習慣ができたと伝えられています。
現在でも、赤山禅院では毎月五日に「泰山府君 五日講 ご縁日」として大阿闍梨による祈祷が行われており、商売繁盛を願って、集金の前にお参りをされる方が見られます。

千日回峰行

千日回峰行は、平安時代、延暦寺の相應和尚によりはじめられた、比叡山の峰々をぬうように巡る修行です。7年をかけて行われますが、6年目からは「赤山苦行」と呼ばれる、比叡山から雲母坂を下って赤山禅院へ至り、赤山大明神に花を供し、ふたたび比叡山へと上るという荒行が加わります。一年間に100日行うそうです。1日約60キロとなり、行者の足でも14~15時間を要する厳しい行程になります。

赤山道

では、白川通りの「修学院離宮道」バス停から、赤山禅院まで歩きます。

赤山禅院 白川通り

車が出てこようとしている道が「修学院離宮道」です。ここを山手の方に上がっていきます。

赤山禅院 左赤山道

道中、石碑がありますが、「赤」で色付けされています。

赤山禅院 鳥居

一の鳥居です。

赤山禅院 門

山門です。もうお分かりのように、典型的な神仏習合のお寺です。

赤山禅院 本殿

さて、駐車場までやってきました。拝殿の上に見えるのは…

赤山禅院 お猿No1

これを見にやってきました。神使いのお猿です。

赤山禅院 駒札

赤山禅院の駒札です。

赤山禅院 手水舎

手水舎です。この屋根にもお猿がいますよ。

赤山禅院 本殿

拝殿です。本殿かと思うぐらい立派です。

赤山禅院 皇城表鬼門

皇城表鬼門の表記があります。

赤山禅院 本殿No2

御神体が見えます。

赤山禅院 お猿No2

拝殿の屋根の上に鎮座する、お猿です。右手に御幣、左手に鈴を持っています。夜な夜ないたずらをするので、金網の中です。

赤山禅院 正念誦No2

赤山禅院 正念誦No1

こちらが御本殿です。本殿の前には大きな数珠である「正念誦(しょうねんじゅ)」があります。順路に沿ってお参りを続けていくと、「還念珠(かんねんじゅ)」に至ります。これは密教の重要な考え方を示したもので、最初のこの大きな珠数をくぐりながら、心にうかんだ願いについて、参拝の間、ずっと思い続けてください。その思いのことについて、後で出てくる「還念珠」の画像のところでお話ししましょう。

赤山禅院 皇城表鬼門No2

こちらにも、皇城表鬼門の表記があります。

境内は盛りたくさん

さて、境内をめぐりますが、そらもう、たくさんの見所があって、すべてを紹介しきれません。

赤山禅院 弁財天

まずは、弁財天です。出世の御利益があるそうです。「出世弁才天」と呼ばれます。

そして、十六羅漢・三十三観音です。

赤山禅院 十六羅漢

十六の羅漢さんです。リアリティーがある石像です。

赤山禅院 三十三観音

三十三観音です。

赤山禅院 絵馬No1

「泰山府君(陰陽道祖神)絵馬」です。

赤山禅院 絵馬No2

七福神の絵馬です。縁起がいいです。

赤山禅院 絵馬No3

赤山禅院 絵馬No4

相生社の「おしどり絵馬」です。裏に男性、女性それぞれの名前を書き入れます。

赤山禅院 No10

福禄寿殿(ふくろじゅでん)です。都七福神の一神、福禄寿神を祀っています。

赤山禅院 No11

順路に沿って金神社、歓喜天、相生社と回ります。

赤山禅院 No12

鳥居のもとには、なんとも南洋風の狛犬が。

赤山禅院 金神宮

「金神」とは、風水や陰陽などで「凶」とされる方位に存在する凶神を指します。おカネの神様ではありません。

赤山禅院 歓喜天

夫婦和合の神である歓喜天を祀っています。

赤山禅院 相生宮

縁結びのご利益がある相生社(あいおいのやしろ)です。良縁祈願して篤くお詣りしましょう。この前には夫婦鳥居という寄り添った鳥居があります。二人で手をつないでくぐると二人は結ばれるそうですよ。

赤山禅院 No13

写真は撮ってきたのですが、時間があまりなくて、碑に書かれている内容はあまり読んでいませんでした。ご由緒などちょっと不明です。

赤山禅院 小野山荘旧蹟

赤山禅院が創建されるよりも以前、ここには、大納言 南淵年名(みなふち の としな)の小野山荘がありました。貞観19年(877年)、南淵年名はこの小野山荘に、時の賢人を招いて尚歯会(しょうしえ)を催します。尚歯会とは高年者が集まり詩歌管弦を催して遊楽することで、唐の詩人・白居易(白楽天)が始めたと言われており、敬老会の始まりとされます。

赤山禅院 方位神

気学(きがく)発祥の地と書かれた石碑です。気学とは園田真次郎が九星術をもとに1924年に創始した日本生まれの占術だそうです。

赤山禅院 稲倉大神

宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)である、稲倉大神です。その名の通り穀物の神様です。お稲荷さんの主神でもありますね。

赤山禅院 No15

不動堂です。中に不動明王が安置されています。

赤山禅院 不動明王

不動明王です。かつて比叡山延暦寺と赤山禅院の間の雲母坂(きららざか)にあった雲母寺(うんもじ)の本堂と御本尊が移設されたものです。中に安置されている御本尊の不動明王は伝教大師 最澄(さいちょう)の作とも言われています。

赤山禅院 再起延命地蔵

再起延命地蔵です。新しく生まれた子を守り、その寿命を延ばすというお地蔵さんです。

赤山禅院 ポンプ車

昔懐かしい消防ポンプ車が置かれています。

赤山禅院 還珠法No1

赤山禅院 還珠法No2

「還念珠(かんねんじゅ)」まできました。先ほど「正念誦(しょうねんじゅ)」で念じたお願いはまだ心の中に残っているでしょうか。還念珠をくぐりながら、やはりその願いが大切だと考えるなら、その願いに向けてあなたが努力をすることを誓い、仏さまに力をかしてくださるよう祈ってください。きっと、ご加護があることでしょう。

赤山禅院 参詣道

ぼちぼちと帰路につきます。この参道は紅葉の時期にはとてもきれいになります。

赤山禅院 カブト虫

帰りのバス停でぼ~っとしていたら、カブト虫がのこのこと這っていました。田舎ですなぁ。なんかほのぼのとします。

赤山禅院は皇城表鬼門として都の方除けの寺、天台宗随一の荒行、千日回峰行の「赤山苦行」の寺、「五十(ごと)払い」の風習の始まりとなった、商売繁盛の御利益がある寺、全国の七福神めぐりの発祥とされる都七福神のひとつ、福禄寿の寺、縁結びの御利益がある「相生社」、鬼門方位除けの「金神社」、夫婦和合の「歓喜天」、出世の御利益がある「弁財天」、大阿闍梨が護摩供を行う「不動堂」、真言密教の修法の中で最も重要な妙観である「正念誦・還念珠」と枚挙にいとまがないほど色々な神様仏様がいらっしゃるところです。

また、隠れた紅葉の名所なので、一度晩秋に訪れてほしいところです。

アクセス

  • 京都市バス「修学院離宮道」下車、徒歩15分

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