電気鉄道事業発祥地 新しい物好きの京都人

市電のことなど

私の職場の近くに市電の車両が保管されているところがあります。非公開なのですが、横の道路からよく見えます。私が小さいころ、京都市内と言えば市電でした。どこに行くにも市電が交通機関で、子供心には自分が大きくなったらこれに乗って通勤するんだろうなという思いがありました。

ところが、車社会となって京都市内が慢性的な渋滞に悩まされるようになり、市電は消え行き、代わりに市バスが公共交通機関の代名詞となりました。

この市電が初めて京都にお目見えしたのが、明治28年(1895年)。「京都電気鉄道株式会社」が「東洞院塩小路下ル」~「伏見下油掛(京橋)」間を開業させたのが、日本初の営業用電車でした。

今回は、その「東洞院(ひがしのとういん)塩小路下ル」に石票があるので行ってみます。

電気鉄道事業発祥地 No2

「塩小路通り」を東から歩いてきました。この向こうは京都駅の北口でバスやタクシーのロータリーになっているところです。上の画像で左右に走っている通りが「東洞院通り」です。

電気鉄道事業発祥地 No3

交差点の真横、歩道にど~んと場所を占拠してます。この石票の土台のツートンカラーが何とも言えずミスマッチな印象を受けますが、みなさんはいかがでしょうか。

電気鉄道事業発祥地 No4

それに反して、この石票の分厚いこと。この暑さの2/3でも十分だと思うのですけど、なんでこんなに分厚いの? なんか「塗り壁」みたいですね。

電気鉄道事業発祥地 No5

市電の絵がかわいいですね。

電気鉄道事業発祥地

日本最初の電気鉄道はこの地に発祥した。
即ち明治二十八年二月一日京都電気鉄道
株式会社は東洞院通り七条下る鉄道踏切
南側から伏見下油掛通りまで六キロの間
に軌道を敷き電車の運転を始めた。
この成功を機として我が国電気鉄道事業
は漸次全国に広がり今日の新幹線電車に
まで発展することになったのである。
よってこの八十周年にあたり先人の偉業
を讃えてこの記念碑を建てる。

この「京都電気鉄道」が路面電車を走らせることができたのは、「琵琶湖疏水」と、それを用いた日本初の水力発電が行われ、安価で潤沢な電力の供給意を受けることができたからにはほかなりません。重ねて、主要道路が碁盤の目状になっていて電車の運行に都合が良かったことや、人口が多く観光客も多く見込めること、東京遷都後、京都市民に京都が衰退しないように新しいことを取り入れようという風潮が根付いたこと、また平安遷都1100年を記念して明治28年(1895年)に京都の岡崎で「第4回内国勧業博覧会」が催される事になったことも、路面電車を走らせる気運を高まらせました。

そして、市民の日常の足となり、京都観光の助けとなった市電も、世の中の流れには逆らえず昭和53年(1978年)に、市内全線が廃線となってしまいました。

配線から40年余りがたった今では、保管されている市電の数も少なくなってしまい、日常の風景の中に、当たり前に市電があった世代にとってはとても悲しいです。これから人口が減少し、車の数が減って交通渋滞が緩和する時代になれば、部分的にでもいいので市電を復活させてほしいですね。

アクセス

  • 京都駅前広場の西の端

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