油掛地蔵 はて?その正体は?

長年の油を取ってびっくりのお地蔵さん

先日紹介した、「安堵橋」や「ルルゲさん」を通り過ぎて、「旧下立売通り」(愛宕道)を西に進むと、ちょっと有名なお地蔵さんがあります。

「油掛地蔵」と呼ばれるそのお地蔵さんは、文字通り「油」をかけて祈願をするお地蔵さんです。

このお地蔵さん、長年「油」を掛けられていたので、真っ黒けの油の層がなしており素性がわかりませんでした。昭和53年(1978年)に調査が行われたのですが、今までずっと「大日如来像」だと思われていたのが、「阿弥陀如来坐像」であることがわかりました。そして延慶3年(1310年)願主「平重行」により「阿弥陀三尊」として安置されたことがわかりました。なんと鎌倉時代から存在しているとても古い石像なのです。京都には鎌倉時代の石像は、この他に2体しかなくどちらも重要文化財などに指定されており、「油掛地蔵」もとても貴重な文化財となります。

では行ってみましょう。

油掛地蔵 No2

「下立売通り」です。横に流れるのは「有栖川」です。「下立売」は「しもだちゅうり」とよみます。発音は「しもだちゅーり」です。

油掛地蔵 No3

「有栖川」に橋が架かっているのですが…

油掛地蔵 No4

「油掛橋」と名前が付けられており、昔からある橋だと推測されます。

油掛地蔵 No5

「下立売」はゆっくりと右にカーブして、「大覚寺」の門前の方に続きます。

油掛地蔵 No6

で、見えてきました。「油掛地蔵」です。

油掛地蔵 No7

横から顔が出てきてびっくりしました。横の建物は自治会館化集会所のようで、おばあさんがせっせと掃除やゴミ出しをしてらっしゃいました。

油掛地蔵 No8

「油」を掛けるという風習はいつごろから始まったのか定かではありませんが、江戸時代の油商人はこの前を通るときには必ず「油」を掛けたという記述が残っています。「油」といえば、このあたりでは「山中油」が有名で、昔は「下立売通り」にそってとても広い田畑を所有していたそうです。現在でも花園駅の近くに「山中油店」と書かれた建物もあります。

油掛地蔵 No9

「阿弥陀三尊」なのですが「三尊」には見えませんよね。写真ではわかりにくいのですが、阿弥陀仏の頭部の左右にそれぞれ小さく「観音菩薩」、「勢至菩薩」の「種字(しゅし、梵字)」が刻まれています。それに加えて、写真の下部の方で確認できますが、阿弥陀仏の左右に低い石仏が2体安置されています。

油掛地蔵 No10

御詠歌には「大日如来地蔵尊」と書かれていますね。ずっと昔から大日如来だと思われていたんですね。

油掛地蔵 No11

「大覚寺」の管轄なんですね。

油掛地蔵 No12

「油掛地蔵」の横には小さな「油掛地蔵」が安置されています。個人で安置されたものだそうです。こちらのお地蔵さんたちにも油が掛けられていて黒光りしています。

「油掛地蔵」の信仰の起源について詳しいことはわかりませんが、奈良時代から平安時代にかけてこの付近に勢力を持っていた「阿刀(あと)」氏が「禊祓(みそぎはらえ)」を行っていたので、その禊から始まったのではないかといわれています。

「油掛地蔵」は鎌倉時代から存在する石仏です。嵯峨野に来られた時にはちょっと寄ってみてください。

アクセス

  • 京都市バス「嵯峨中学前」下車、徒歩3分

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