本願寺水道水源地 疎水は飲み水だけではないんですよ

 琵琶湖様々

京都の水と言えば、琵琶湖疎水。そらもう、ありがたいですね。

琵琶湖疎水ができる前には、川の水はもちろんですが、井戸水が主流でした。私の祖父母の家にも手押しポンプや井戸が残っていて、小さいころには水汲みをしたことがあります。

疎水ができて、上水道が整備されると暮らしが一変します。京都は昔から自然災害が少ないところでしたが、火事は多く、大火で古い文化財が消失したり、神社仏閣が遷移したりと大変残念なことが数多く起こってます。

疎水ができたときに、当然、防火用水に利用することも考えられました。その名残の「本願寺水道」の水源地を訪問しました。

本願寺水道水源地 No2

疎水のインクラインがある疎水公園の一番上のところです。橋の向こうが「旧九条山浄水場原水ポンプ室」です。

https://www.kyoto-inf.com/guide-kyoto/2017/07/22/posted-kyukujoyamajosuijogensuiponpusitu/

その少し西が今回訪問する、「本願寺水道水源地」です。

本願寺水道水源地 No3

本願寺水道水源地 No4

「義経大日如来」です。この地が「蹴上(けあげ)」となった由来の一つとして語り継がれています。

本願寺水道水源地 No5

その横が「本願寺水道」の水源地です。

本願寺水道水源地 No6

立派な案内板が掲げられています。

禁門の変で、長州藩が放った火は大火となって「どんどん焼け」とよばれます。京都の広い範囲が焼失しました。この時に東本願寺も焼けてしまいます。

東本願寺は江戸時代に4回も焼けて、そのたびに再建をしてきました。「どんどん焼け」の後も明治時代に再建するのですが、さすがに繰り返していてはいけないと防火の手段が考えられました。

それがこの本願寺水道です。この蹴上から取水して、三条通り、八坂神社、建仁寺、五条大橋を渡って東本願寺に導くという、全長4.6㎞の水道でした。東本願寺と琵琶湖の高低差は48mあるので、その水圧を利用した自然配水です。

ちなみに、冒頭の画像の「旧九条山浄水場原水ポンプ室」は「御所水道」と呼ばれ、御所に防火用の水を配水するための施設でした。

本願寺水道は明治30年(1897年)に完成し、老朽化で平成20年(2008年)に停水するまでの長い間、現役で使われてきました。防火のためにもう一度復活させようという動きもありますし、年一回、本願寺水道の埋設されていた道を歩く啓発のためのウォーキングイベントが開かれています。

アクセス

  • 京都市営地下鉄「蹴上」下車、徒歩3分

「義経大日如来」と同じ場所です。