鯖街道口石票 出町柳ってどこを指すの?

庶民の魚

昨日の昼食に鯖の煮つけが出てきたので、「鯖街道」を思い出しました。「鯖街道」はその字の通り「鯖」を運んだ街道筋です。江戸時代に、若狭の小浜から京の出町までの「若狭街道」を、行商の人たちが「塩鯖」を運んだことから、「鯖街道」と呼ばれ続けています。

なので、「鯖街道」沿いには、「鯖寿司」のおいしいお店が今でも何軒かあるんですよ。私の小さいころ、ばあちゃんが「今日はごっつぉう(御馳走)やで。」といって出してくれた鯖寿司がおいしかったので、いまでも祭りや慶事には鯖寿司がつきものという感覚です。昔は家で締めて押していたのですが、最近は家で作る人は減りましたね。ほんでもって外で買うと鯖寿司、高いですよね。なかなか口に入りません。

今日は京都側で鯖街道の始まる出町柳に行きます。

鯖街道口石票 No2

「出町橋」の上から西を見ると「柳」と石票が確認できます。

鯖街道口石票 No3

「出町橋」の西詰です。この柳は「出町柳」の「柳」とはあんまり関係がありません。

鯖街道口石票 No4

ほんとは上の画像の橋の向こうの方に柳がいっぱい植っていたので向こう岸は「柳ノ辻」と呼ばれていたのです。(叡電の出町柳駅の辺り)

鯖街道口石票 No5

さて「鯖街道口」の石票です。「口」とつくから「京の七口か?」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、半分正解。若桜街道が「大原」を抜けていくので「大原口」と呼ばれていました。御土居の通行口ですね。今出川通りをもう少し西に行くと「大原口道標」があります。

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鯖街道口石票 No6

比較的新しい石票です。平成13年に「出町商店街振興組合」によって建てられています。こちら岸(鴨川西岸)は京の町から出ていくという意味で「出町」と呼ばれました。2つ上の画像をよく見てみると「従是洛中」と書かれていますよね。ここまでが京の町でここから先は洛外でした。

鯖街道口石票 No7

石票の側面には

小浜からの、いくつもの峠越えの道のうち若桜街道がいつしか「鯖街道」と呼ばれるようになりました。若狭湾でとれた鯖に塩をふり、担ぎ手によって険しい山越えをして、京の出町に至るこの食材の道は、今に息づく長き交流の歴史を語り続けます。

と刻まれています。

鯖街道口石票 No8

で、叡電の駅を作るときに「柳ノ辻」と「出町」が合体して「出町柳駅」という駅名になり、以来この辺りを「出町柳」と呼んでいます。なので「出町柳」というと明確な区画があるわけではありません。

そして現在では「鯖街道」といえば一意的に「若桜街道」をさすようですが、昔は小浜と京都を結ぶ街道はどこも「鯖街道」と呼ばれていました。小浜でとれた魚介類を運んだのですが、鯖の取り扱いが一番多かったので「鯖」街道と呼ばれたのです。

私の印象ですが、今でも京都民は鯖の消費が多いと思います。魚料理の中ではとてもポピュラーな存在ですよ。

アクセス

  • 京都市バス「出町柳」下車、徒歩3分

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